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ファン [俳誌「R…]より転載]

 私のミステリー趣味は、小学校時代に始まる。
 小さい頃から目が悪くなるほど本はよく読んだが、そのほとんどは妖怪話やミステリーだった。

 とくに江戸川乱歩の少年探偵団シリーズは思い出深い。40巻以上ある分厚い本を、1巻から順に1冊ずつ買ってきては夢中で読んだ。
 真新しい本の1ページ目をめくる瞬間の喜びは何にも代えがたい。

 ところが、ラストが近づくにつれて次第に楽しみが減っていくような寂しい気分になってくる。シリーズ全巻を読破した後は、小学生にして深いむなしさを味わい、この先の楽しみがなくなってしまったと嘆いた。
 同じ話をまた1巻から読み返す気にもなれないのがミステリーであり、ひたすら新しい物語を探して期待と虚無の間を漂いながら、私のミステリー人生は続いている。

 そんな私に高校時代の恩師が1冊のミステリーを紹介してくれたのは、今から十数年前のことである。
 作者は高校の2年先輩のNさん。
 これほど身近に私の憧れの世界を創り出している人がいようとは…。

 それ以来、本屋へ行くたびに私はN先輩の名前を探すようになった。同年代の女性を主人公にした長編や短編は、どれも身につまされ、すっかり引き込まれた。

 昨年の秋、高校同窓会の関西支部会で親交の深いM先輩が、京都で開かれる高校の同期会に誘ってくれたことがあった。
 M先輩とくだんのN先輩とは同期である。
 “もしかしたらNさんも参加するかもしれないよ”という殺し文句に、私は二つ返事でお誘いを受けた。
 運よくN先輩とお会いできたら、こんなふうに自己紹介して、どれほどファンであるかをお伝えして、ああしてこうして…、と妄想は際限なく膨らむ。

 N先輩の新刊を手に京都へ向かったその日、一足先に待ち合わせ場所に到着した私は、続々と集まってくる先輩方のお顔を一人ひとり穴の開くほど観察していた。頼りは文庫本の裏表紙を飾るN先輩の顔写真。

 たぶんあの方がNさんに違いない。声をかけようか、どうしようか…。
 見学先の酒蔵へ向かう行列の後ろで緊張を高めていると、ようやくM先輩が思い出してくれた。
 
 「そうそう、Nさんを紹介しなくてはね」

 ほんのり酒の香りが漂う京都・伏見の道ばたで、私はついにN先輩との対面を果たした。

月桂冠.jpg


 あれほど練りに練った会話計画があったのに、本物だ、と思った途端、私はすっかり舞い上がってしまった。
 モゴモゴと意味不明の自己紹介をして、握っていた文庫本をご本人に突きつけると、いきなりサインをせがむ自分をどうにも止めることができなかった。
 非常識なファンを目の前にしながら、N先輩は柔らかく微笑んで、丁寧なサインを返してくださった。

 京都見学の間中、N先輩の周りをウロチョロして、夢のような1日は終わった。
 別れ際、N先輩はお手持ちの中からさらに2冊のサイン本をプレゼントしてくださった。
 帰りの電車では、抑えても抑えても顔がにやけて仕方がなかった。

 ファンというのは単純で現金な生き物である。
 
 あれ以来、N先輩は時折お便りをくださる。いただいたメールは椅子の上に正座して何度も読み返し、時間をかけてお返事をお送りする。連絡をいただくたび、一生分の運を使い果たしてしまうのでは、と思うくらいの幸せを噛みしめる私である。

 そもそもN先輩とお会いできたのもM先輩のおかげだが、M先輩からのメールはさっと読んで、わずか2、3行のお返事をささっと返す、罰当たりな私でもある。

新津きよみさん.jpg



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ひよこ

Duarteさんのそんな熱い思いに全く気づかない私はN先輩の周りをウロチョロしているDuarteさんの周りをウロチョロし、記念撮影にも割り込み今思うとむちゃKYなお邪魔虫でした(笑)
スミマセンでした。。。
by ひよこ (2008-05-23 21:32) 

あつこ

うわ~、ステキですわ~
なんだか、物語を読んでる感じの素晴らしい思い出に
感動しましたわ~(*^3^)/~☆

私も、昔は、ミステリーやサスペンス、ホラーものが大好きで読み漁りました。けっこう本は読んだ方なのに・・・今、すっかりどれがどの話だったか忘れてる私の脳が憎いわ・・・(ρ_-) 

そのN,先輩の小節、読んでみたいわ~
by あつこ (2008-05-23 22:20) 

M先輩

栄えある俳誌「R・・・」の連載エッセイに、たとえ時代劇の切られ役みたいな端役とはいえ、登場させていただき光栄の至りです。
Duarteさんには罰が当たらぬよう、燈明上げて祈っております。
by M先輩 (2008-05-24 23:01) 

Duarte

いやいや、ひよこさん、あの時はひよこさんもいたからとっても楽しかったんですよ。しかし、私の態度は他の先輩方にはたいそう失礼だったことでしょうと、あれからしばらく反省しました。。。なにしろ舞い上がっちゃって(笑)
by Duarte (2008-05-25 11:18) 

Duarte

あつこさん、ありがとうございます~!私も昔読んだ内容を忘れて、また同じ本を買ってきて、最後のオチ(じゃなくて謎解きか…)まできて「これ読んだことあるし~」という失敗が最近多いです。
N先輩のミステリー、ぜひ読んでみて下さいね。ファンとしてはどのお話もおすすめですが、短編集の「悪女の秘密」がとくにおすすめです。
by Duarte (2008-05-25 11:26) 

Duarte

M先輩、うう…、温かいお言葉をありがとうございます。”切られ役”申し訳ございません。お許し下さい。本当は私たち、M先輩のことをとても尊敬しております。(ひよこさん、そうですよねえ?)
このエッセイは4月号に載りましたが、そういえば4月はずっと具合悪かったです。やはりバチが…?
by Duarte (2008-05-25 11:41) 

あつこ

悪女の秘密・・・タイトルにそそられます(^ω^)
by あつこ (2008-05-25 14:56) 

ひよこ

ハイ!M先輩のことすごく尊敬してます。もちろんDuarteさんのことも尊敬してます(笑)
それから「悪女の秘密」もよかったですが長編もすごくいいですよね。
自分にも心当たりがあるような女性の恐さとかおろかさとか…脂汗かきながら読んでます。N先輩の作品は途中で止められず最後まで一気に読んでしまい寝不足になってしまうことが度々です。
by ひよこ (2008-05-25 21:18) 

Duarte

あつこさん、そそられますでしょ!珠玉の短編集です。
写真の「ユアボイス」もとってもよかったです。一応青少年向けということにはなっていますが、N先輩はむしろ大人に読んでほしいとおっしゃってました。
by Duarte (2008-05-25 22:57) 

Duarte

ひよこさん、女三人シリーズの長編もはまりますよね。通勤の最中に読んでいて、電車乗り過ごしそうになります。
私のコメントも「M先輩のことをとても尊敬しております」の後に(笑)をつけるのを忘れてました。(ちっとも懲りてない私…)
by Duarte (2008-05-25 23:05) 

佐賀の夜桜

Mさん(M先輩)がぼやいていました。「家族に(尊敬されていると)自慢して、あやうく大失笑をかうところだった。まったくおんなしょ(女衆)にゃかなわね」
Duarteさん、ひよこさん、あまり彼をかまわない(からかわない)ようお願いしますね。
by 佐賀の夜桜 (2008-05-27 18:22) 

Duarte

佐賀の夜桜さん、実際M先輩は大先輩方からも私たち後輩からもきわめて信望の厚い方ですから、ご家族にも存分に自慢なさって下さい!とお伝え下さい(笑…、じゃなくて、無笑)。
by Duarte (2008-05-27 21:07) 

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